2012年12月07日

黒田龍之助著『はじめての言語学』

今回の読書ブログのテーマは、黒田龍之助著『はじめての言語学』です。著者である黒田龍之助氏は、スラヴ語学、言語学を専門とし東京工業大学助教授、明治大学助教授などを経て、現在はフリーランスの語学教師をしているというユニークなバックグラウンドを持った人物です。

本書は、著名な言語学者の学説や専門用語を使わずに言語学について解説している点が大きな特徴と言えます。言語学について説明する場合には、ソシュールやチョムスキーといった言語学者の学説を中心に語るのが普通ですが、本書では書籍の紹介の中で簡単に触れているだけで、言語学の解説には専門用語は全くと言っていいほど出てきません。

全部で第6章まである中で、第2章で解説されている言語学にとっての言語とは何かというテーマについて、以下にまとめてみました。

人間が言語を使用する目的はお互いにコミュニケーションをとることだ。では、言語学でいうコミュニケーションとは何なのか? 一言で言えば、コミュニケーションとはメッセージを伝えることである。

このメッセージを伝えるという意味では、言語以外にも、例えば、身振りや話し方といったものもメッセージを伝えているわけであり、コミュニケーションと考えることができる。言葉によらないコミュニケーションもある。ジェスチャーや表情といった動作、抱き合ったり握手したりする行動、相手との距離、服装や身につけている装飾品や化粧品、肌の色、室内の照明や温度など様々なものが考えられる。

こういったものの中には、無意識のうちに発しているメッセージもある。話し方や服装などは、本人にはそのつもりがなくても、相手がある印象を受けるものだ。つまり、コミュニケーションには意図的なものと非意図的なものとがあり、そういうものを総合的に判断しながら、人間はメッセージを送ったり受け取ったりしている。

その中でも、言語は特別な位置を占めている。では、言語とは何か? 言語とは、記号の体系である。

では、言語学でいう記号とは何か? 記号とは、何かを指示している代用物のことである。その中に言語記号というものがある。言語学では、言語記号について形と意味からできていると定義されている。

次に体系とは何か? 意味を持った音のかたまりである言語記号は、バラバラに存在しているのではない。バラバラだったら、コミュニケーションができない。言語記号が結びつく時には、法則がある。例えば、次の例文をもとに考えてみる。

久美子 は コンビニ で おにぎり を 買う。

この文は、語の並べ方を変えてもほとんど同じ意味の文がいくつかできる。

久美子 は おにぎり を コンビニ で 買う。
コンビニ で 久美子 は おにぎり を 買う。
おにぎり を 久美子 は コンビニ で 買う。

しかし、これらの文を次のように並べ換えると、意味不明になってしまう。

久美子 は おにぎり で コンビニ を 買う。
おにぎり は コンビニ で 久美子 を 買う。
コンビニ は 久美子 で おにぎり を 買う。

さらに、次のようになったらどうか?

で を コンビニ 買う は 久美子 おにぎり。

こうして見ると、言語記号を並べるには法則があることがわかる。それぞれの記号には決められた役割があるので、それを乱してしまうと、いくら一つ一つの言語記号にしっかりとした形と意味があっても、理解不能になってしまう。つまり、そこには体系があるということだ。

体系とは、一つ一つの要素が役割分担をしながら、全体としてまとまった働きをすることだ。

上の例文では、分かち書きをしたが、その場合、意味のまとまりごとに切っていく。つまり、文は意味のまとまりごとに分けられるのである。

この意味のまとまりである語は、どれも音からできている。上の例文の語をアルファベットで表わすと、次のようになる。

久美子 →k-u-m-i-k-o 6つの音
は →w-a 2つの音
コンビニ→k-o-n-b-i-n-i 7つの音
で →d-e 2つの音
おにぎり→o-n-i-g-i-r-i 7つの音
を →0 1つの音
買う →k-a-u 3つの音

まとめると、次のようになる。

文は語からできている。(第一段階)
語は音からできている。(第二段階)

このように二重に分けることを二重文節性と呼んでいる。つまり、「久美子はコンビニでおにぎりを買う」という文は、7つの語、すなわち意味のまとまりからなり、28の音からできているということになる。

以上のような話の多くは、19世紀から20世紀初頭のスイスの言語学者であるソシュールの考え方だ。近代言語学は全て彼から始まったとされているくらい有名な言語学者だ。「言語は記号の体系である」というのもソシュールの考えだ。

著書の最後の章で、黒田氏は言語学の知識があれば、言語を正しく捉えることができると言っています。言語というものの性格がちゃんとわかっていれば、世間でまことしやかに言われている偏見や間違った情報に惑わされることがないはずだ、と。

例えば、ある新聞に「生後すぐ母国語認識」という見出しが出ていたことがあるそうです。生まれてすぐの赤ちゃんに話し言葉を聞かせると、その音声を逆回しで聞かせる場合に比べて、言語を司る左側頭葉が活性化したのだそうです。それが本当かどうかは判断できない。しかし、実際に認識したとしても、それは言語音の認識であって、《母国語》(この言葉に関しても黒田氏は疑問を呈しています)ではない。《母国語》を認識したというのであれば、外国語などの《母国語》ではない言語と比べなければならない。

以上が、黒田龍之助著『はじめての言語学』のまとめです。

posted by 平井和也 at 16:28| Comment(0) | 読書 学術 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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